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マロマユな日々~チワワとの妄想生活~
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岩崎夏海さんのコラム 『なぜ浅田真央はぼくの胸を打つのか』
浅田真央選手ファンの方々のブログでたくさん紹介されているコラムですが
遅ればせながら、私も紹介させていただきたいと思います(笑)

日経ビジネスONLINE 『なぜ浅田真央はぼくの胸を打つのか』
パリで浅田真央さんは「私はスケートが好きなんです」と言った
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私は普段漫画以外の本はほとんど読まないので(汗)
『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(『もしドラ』)
は読んだことがありませんし、どんな本かも知りません。
この「なぜ浅田真央はぼくの胸を打つのか」というコラムを書いてくださっている岩崎夏海さんのこともよく知りません。

わりと長いコラムですが、筆者である岩崎さんはフィギュアスケートには詳しくないようで、
浅田真央選手をきっかけにフィギュアスケートを知っていく形になると思います。
ですが、すでにフィギュアスケートの本質のようなものを捉えていて
視点のズレた報道しかしないマスコミに違和感を感じているようです。
岩崎さんのようなそっち側(一般人ではないという意味で)の人でも、そのような感覚になるのだなぁと、少しホッとしました。

このコラムでは浅田選手にのみ焦点を当てていますが、最も一般的な意見のように思います。
というのも、今の採点方法やここ数年のフィギュアスケート界の現状については書いていません。
つまり、「テレビで放送されていれば見る」くらいの一般的な視聴者とほぼ同じ目線です。
(もちろん、知っていてあえて書いていない可能性はありますが)
また、文章の内容から、本当に浅田選手に興味があり、知りたいと思っていることが伝わってきます。
ただただ、まっすぐに今の浅田選手を見つめた、とても純粋なコラムです。
今後どのような内容になっていくかとても楽しみです。


-----パリで浅田真央さんは「私はスケートが好きなんです」と言った-----

 浅田真央さんの本を書くことになった。

 これは、真央さん本人を初め、さまざまな方々のご協力のもとにスタートした企画である。
もともとは、出版社の編集者の方(ここでは仮にAさんとする)が、ぼくのもとを訪ねてきてくれたことがきっかけだった。Aさんは、今年初め、後にベストセラーとなるぼくの著書『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(以下『もしドラ』)がまだ出たばかりの頃に、「これは素晴らしい本だ」と評価してくださり、「これに類する本をうちでも書いてくれないか」という提案を携えられ、会いにきてくれた。

 しかしながら、ぼくはこれを丁重にお断りした。なぜなら、『もしドラ』に類する本は書かないと、もうすでに決めていたからだ。同時に、次に出す本は「自分が興味のあることを取りあげたドキュメンタリーにしたい」という思いもあった。だから、そのことを率直に申しあげると、Aさんは、「では何に興味があるのですか?」と聞いてきた。
 そこでぼくは、こうお答えしたのだ。
  「任天堂と、浅田真央さんです」
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 任天堂に興味があったのは、ぼくの本業がエンターテインメント制作であることから、「世界で最も成功したエンターテインメント企業であるところの任天堂」に興味があったのと、マネジメントをテーマにした本を書いたことから、「エンターテインメントを組織で作るとはどいうことか」を取材したいと思ったのだ。

 一方、浅田真央さんは、これは自分でもよく分からない、漠然とした興味からだった。
 この時はまだ、バンクーバーオリンピック(2010年2月)は開催されていなかったが、真央さんは女子フィギュアスケートのメダル候補であったし、それ以前に国民的な人気者だったので、当たり前のように知っていた。

 しかし一方で、ぼく自身があまりフィギュアスケートに詳しくないということもあって、よく知らない存在でもあった。彼女を見るのはテレビの中継とニュース(たまにドキュメンタリー)に限られていて、だから彼女がその世界ではどのような存在で、また彼女自身がどういう人間かというのも、ほとんど知らなかったのである。

 ぼくは浅田真央さんに興味があった 
 この「知らなかった」ということが、彼女に興味を持った理由の一つかも知れなかった。
 ぼくは、中継やニュースで彼女を見る時には、いつもその演技や言動に引きつけられた。しかし一方では、なぜそれほど引きつけられるのかが分からなかった。だから、彼女の魅力や人となりといった情報を、いつでも欲していた。

 しかしそれらは、中継やニュースを見ている限りでは、得ることができなかった。なぜなら、中継やニュースでは、常に真央さんの点数や順位、あるいはライバルとの関係ばかりに焦点が当てられ、肝心の魅力や人となりといったものには、ほとんど触れられなかったからだ。

 だから、真央さんの報道に触れる時は、いつももやもやとした不満を抱かされていたのだが、さりとてそれを解消する手段も持ち合わせいなかったから、それらはいつしか、心の底に澱のように沈殿するようになっていたのである。

 その積もり積もったものが、Aさんから「何に興味があるのですか」と聞かれた時に、思わず出たのだ。そうしてぼくは、自分に気づかされた。
 「あ、ぼくは、浅田真央さんに興味があったのだ!」

 その後、バンクーバーオリンピックが開催された。ぼくは、予備知識をほとんど持たないままに生中継を見たのだが、フィギュアスケートは日中に放送していたので、ショートプログラムもフリーも、会社のテレビで見た。

 そこでぼくは、思わず叫んだ。
  「すごい!」

 当時、一緒に見ていた同僚が証人になってくれると思うのだが、ぼくはショートプログラムもフリーの時も、真央さんの番となると画面に釘付けになり、滑ってる間はすごいすごいと連発しながら、その演技に夢中になっていた。

 そうして、フリーが終わり、真央さんの天を見上げる顔が大写しになった瞬間、ぼくは心を貫かれた。
  「これは……」

 真央さんは、喜びと悲しみ、希望と絶望がない交ぜになった、何とも言えない表情で天を見上げていた。やがて視線を下に落とすと、やれやれといった表情で両の手を腰に当て、リンクの中央に大儀そうに移動すると、観客の声援に笑顔で応えたのだった。

 その一挙手一投足に、何とも言えない風情が漂っていた。その佇まいに、何とも言えない貫禄が備わっていた。真央さんのその顔は、心の深いところにまで降りていき、そこにあるものを見聞きしてきた人間のそれだった。その過程で、人間としての見栄や体面といったものが全て削ぎ落とされ、魂が剥き出しになった時の、作り物ではない、本当の顔だった。

 それでぼくは、年来の疑問が少しだけ解けたことを知ったのだった。
 「ぼくは、浅田真央さんに人間の本当の顔を見たのだ。その顔に興味を持ち、なぜそうした顔ができるのかを知りたいと思った。だから、興味を抱いたのだ」

 その後、前述したようにさまざまな方々のご協力、ご厚意があり、浅田真央さんの本を書かせて頂くこととなった。
 その取材の手始めとして、名古屋でのNHK杯(10月22~24日)を観戦した。また今回、パリでのエリック・ボンパール杯(11月26日~28日)を取材し、その取材記を、ここに書かせて頂くことになった。

 スケート選手が「転ぶ」ということの意味
 前置きが長くなったが、ここからがパリの浅田真央さん取材記である。
 ぼくは、ショートプログラムが開催された日、つまり2010年11月26日の金曜日に、エリック・ボンパール杯が行われたパリのベルシー体育館へと赴いた。
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 このベルシーというところは、パリ中心部からは地下鉄で15分ほど下ったところにあり、東京でいえば汐留みたいな場所だった。近隣には古い建物と新しい建物が混在し、ビレッジと呼ばれるSOHOのような商店街もあって、パリの中では比較的新しい街区であるらしい。ベルシー体育館も、そんな街区にぴったりの、ちょっと近未来を思わせる、デザイン性に富んだ建物だった。

 会場に入ると、ちょうど男子の練習が始まったところだった。まず目についたのは、スタンドの正面に陣取っていたフランスの子供たちだ。おそらく、見学か何かで近所の小学校から招かれたのだろう。彼らが無邪気な声援を送っていたおかげで、会場は自然、和やかな雰囲気に包み込まれていた。

 そうした中で、いよいよ女子の練習が始まった。いよいよ、真央さんの登場である。ぼくは、非常な興味を持って彼女の練習を見守った。すると、滑り始めた彼女を見てまず思ったのは、その表情が明るいということだった。滑りも、ミスらしいミスが一つもなかった。この日の練習中、彼女は終始気持ち良さそうに滑っていた。

 この仕事が始まって以来、ぼくが周囲の親しい人たちに「真央さんの本を書くことになった」と告げると、その度に言われてきたのが「彼女は調子が悪いみたいですね」「名古屋では残念でした」といった言葉だった。それらはもちろん、先だって行われたNHK杯で何度か転倒し、彼女自身としてはこれまでで一番低い8位という順位に甘んじたことを指しての言葉だったのだろうが、しかしその都度、ぼくはこんなふうに答えていた。

  「いや、実はぼくはそうは見ていないんです。むしろ、NHK杯のあの転倒によって、真央さんのすごさをあらためて実感したところです」

 NHK杯の真央さんを、ぼくはすごいと思いながら見ていた。いやむしろ、そういう思いしか湧きあがってこなかった。それは、今回の取材をするにあたって、あらかじめ真央さんのマネージャーさんと打合せをさせて頂いたのだが、その際に、フィギュアスケートに関する、ある興味深いお話を聞いていたからだ。

  「フィギュアスケートというのは、近くで見ているとすごく残酷なスポーツだというのが分かります。それは、『転ぶ』ということと背中合わせにあるからです。転ぶということは、普通の人でさえ恥ずかしいこと。それを選手は、多くの人の見ている中でしなければならないのです」

 そう聞いて、ぼくはハッとさせられた。確かに、「転ぶ」というのは、人間にとって原初的な「恥」につながるものだ。誰でも、人前で転ぶと顔から火が出るほど恥ずかしい。居たたまれなくなる。特にフィギュアスケートの場合には、恥ずかしいだけではなく減点にもつながってしまう。これほど残酷なことは、確かにあまりないだろう。

 そういう、フィギュアスケートにおける「転ぶ」ことの意味を聞いていたから、名古屋での真央さんには、かえって驚かされたのだ。彼女は、もちろん転ぶことを前提に滑っていたわけではないだろうが、しかしその可能性が少なくない中で滑っていたことは確かだった。今この状態で試合に出れば、転倒するかも知れないというのは十分に分かっていた。
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 しかしそれでも、彼女は試合に出場した。そうして、転んだ。何度も転んだ。しかしその度、立ち上がって、最後まで滑り続けた。ショートプログラムもフリーも、最後まで滑り、最後まで挑戦をやめなかった。

 彼女は、覚悟していたのである。転ぶことを受け入れていたのだ。
 真央さんとて、人間だ。恥じらいは、当たり前のようにあるだろう。しかし彼女は、それを押してもなお、転んだ。

 なぜか?
 それは、自身の成長のためには、今それが必要だと感じていたからではないだろうか。今ここで転んでおくことが、後の成長を促してくれることを知っていたからではないだろうか。短期的には後退と見えることが、長期的には前進を促すことを、彼女は分かっていて、それで今、転ぶことを選択したからではないだろうか。

 しかしそれは、分かっていたとしてもなかなかできることではなかった。人は、どうしたって目の前の嫌なことを避けようとする。そこから逃げ出してしまおうとする。

 ぼくから見た真央さんは
 しかし浅田さんは、逃げなかった。覚悟を決め、最後まで滑りきったのだ。
 その意味で、ぼくにとってのNHK杯は、浅田さんが大きな前進を成し遂げた大会にしか見えなかった。他の何にも見えなかった。8位という順位は、ほとんど問題ではなかった。真央さん本人や関係者の方々は、また別の受け取り方をされたかも知れないが、少なくともぼくには、そういうふうに見えたのである。

 そうしてぼくは、その見方に自信があった。
 ぼくは、これまでの42年の人生をかけて、ほとんど一つのことを習得することに専念してきた。
 その一つのこととは、「ものを見る目を養う」ということだ。「何が価値あるものなのか」を見極める目を持つというのが、ぼくの人生の大きな目標の一つだった。

 そうして、そのための修練を、これまで積んできたのである。その達成には、もちろんまだまだ遠いのだけれど、しかしそれでも、かなりのところにまで来たという自負はある。ものの価値を見定めることも、最近ではいくらかできるようになってきた。余談だが、『もしドラ』という本は、「200万部は売れるだろう」という予測のもとに書いた。先日、それが現実のこととなったというのは、ぼくの見方がそう間違っていなかったということの、一つの現れだと思っている。
話を戻すと、NHK杯での真央さんは、不調だったかも知れないが、それは広い視野で見た場合、さらなる成長を果たすための過程に過ぎなかったと思っている。それはジャンプに例えるなら、より高く跳ぶために、一瞬身体を沈み込ませたようなものだ。だから、そこだけを抜き取って見ると後退に見えるのだけれど、広い目で見ると、前進の一過程となっているのである。

 そういうわけで、ぼくは真央さんがNHK杯で身体を沈み込ませた後、いつ、どのようにジャンプするのかを見極めようと、パリにまで取材に来たのだった。

 ただ、ぼく自身の見立てでは、そのジャンプの時期はもう少し先になるのではないかと予測していた。それは、名古屋での身体の沈み込ませ方が大きかったので、そこから反転するには、もうちょっと時間が必要じゃないかと思っていたからだ。

 ところが、ショートプログラム前の真央さんの練習を見たぼくは、驚いた。前述したように、ほとんど失敗がなかったのである。それどころか、以前にテレビで見たことのある、独特の何とも言えない風情を漂わせていた。彼女は、その独特の貫禄を漂わせていたのである。

 それは、アクセルジャンプの練習において現れた。おそらく、良くも悪くもトリプルアクセルが、真央さんの象徴の一つなのだろう。彼女もそのことは意識していて、だから、自分の調子を見極める基準の一つとして、トリプルアクセルをどう跳ぶかということを、とらえているように感じた。

 そんなアクセルジャンプを練習する彼女の姿には、ある特徴があった。跳ぶ瞬間に、「スパッ」と何かを斬るような音が聞こえるのだ。但しこれは、実際にそういう音が聞こえるというわけではない。比喩的な意味で、そういう音が聞こえるような印象を受けるのである。彼女のジャンプは、跳ぶまさにその瞬間に、まるでマンガの吹き出しのように、「スパッ」という音が聞こえてくるかのように見えるのだ。

 真央さんのジャンプはなぜ音が聞こえるのか
 おそらくそれは、彼女のジャンプに入る前のモーションに理由があるのだと思う。非常にゆっくりして見えるのだ。また、跳ぶ直前に一拍間が空く。ぼくが想像しているよりちょっとだけ、遅れてジャンプするのだ。つまり、想像以上に「ため」ているのである。

 また、それに反比例するように、ジャンプは切れ味が鋭い。それは瞬く間のできごとだ。その一連の動きは、まるでゆっくりと小動物に忍び寄った猫が、あっと思った瞬間にはもうそれを鋭い爪でとらえていたかのようである。こちらが想像していなかったタイミングで瞬時にパッと動くから、スパッという音が聞こえたかのように感じられるのだ。

 これは、非常に興味深い現象だと思った。というのも、例えば野球でも、ゆっくりスイングしているように見えたバッターの打球がホームランになる時があり、あるいは競泳では、一番優雅に(ゆっくりと)泳いでいるように見えた選手が、一番初めにゴールする時があった。

 そういう、モーションがゆっくり見えた時こそ、逆に動きが鋭いという現象はままあるのだが、この時の真央さんのジャンプは、ぼくの目にはそのようなものの一つに映って見えたのである。

 おかげでというわけではないだろうが、練習後の記者席には、「真央さんが優勝するのではないか」といった雰囲気が広がった。けっしてひいき目ではなく、それほど好調だったし、真央さん自身も、後に「この日の練習は調子が良かった」と語っていた。
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 だからぼくは、名古屋で身体を沈み込ませた彼女が、ぼくの読みとは違って、もう少し早く、このパリでジャンプをするのかとも思ったのだが、しかしながら、そうはならなかった。彼女は、ショートプログラムの本番では、出だしのジャンプでミスをすると、その後は少し崩れてしまって、7位という結果に終わったのだ。

 次の日、再びベルシー体育館を訪れると、フリーに備えた朝の練習で、真央さんは、昨日とは変わってあまり元気がないようだった。昨日、あれだけ切れていたアクセルジャンプも、この日は「スパッ」という音が聞こえるようなことはなくなって、曲を流しての練習も、途中で打ち切ってしまったほどだった。

 練習がこんな調子だったので、本番はあまり期待できないような雰囲気があったのだが、今度は逆にそう悪いできというわけでもなく、最終的な結果は5位となった。
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 試合を観戦し終えたぼくは、真央さんが今のこの調子、あるいは成績をどう見ているかというのが気になった。ぼくとしては、多くのマスコミが悲観しているのに反して、真央さん自身はそれほど気にしていないように見えたのだ。もちろん、外側からは窺い知れない部分もたくさんあるだろうから、そのことを聞いてみたいと思ったのである。

 試合での真央さんは、ぼくの目からは、あえて跳ぼうとしていないように見えた。特にフリーの本番では、跳ぶ直前にちょっとした躊躇いがあって、トリプルアクセルを成功させることはもちろん、挑戦することさえ最後までなかった。

 そこには、ショートプログラムの練習の時にはあった、跳ぶ直前のゆっくりとしたモーションや、直前の「ため」といったものがなかった。だから、もし仮に跳んだとしても、成功には終わらなかったように思う。

 真央さんはこう言った「滑るのが好きなんです」
 だから、ぼくには、真央さんもそれに気づいていたから、直前になって力をセーブし、跳ばなかったように見えたのだが、果たして実際はどうだったのか?

 その質問をしてみると、彼女はこう答えた。
  「自分でも、ウーンという感じでもどかしいんです」

 それから、彼女が言ったのは、「ここまで一日の無駄もなく、悔いのない練習を積めてきた」ということだった。
 真央さんは、練習までは、自分でも「いけるかも」という好感触をつかんでいた。だから、本番での自分にも期するものがあったらしいのだが、しかしそれが実現しなかったことに、もどかしさを感じているということだった。

 真央さんは、胸の辺りに手を当てて「この辺まで来ているのに、試合でだけ跳べないんで、すっきりしない感じ」と言った。
 それでぼくは、多少失礼かも知れないと思ったが、こう尋ねてみた。

  「今シーズンは捨てる――つまりオリンピックまでの捨て石にする――という意識はないのですか?」
 すると彼女は、少し考えた後、しかしすぐにこちちらを真っ直ぐな眼差しで見つめ、こう答えた。

  「それはありません」

 真央さんは、こう言った。

  「自分でも、オリンピック後はモチベーションが下がるかなと思ったんですが、しかしそんなことはありませんでした。オリンピックが終わってすぐ、また滑りたいと思ったし、試合に出たいと思ったんです。そのために、すぐに練習もしたいと思いました」

  「私は、試合で滑るのがすごく好きなんです。だから、今はファイナル(※)に出られないことがすごく悔しい。終わった直後は『あーあ』という力が抜けた感じだったけど、今(フリーの翌日)は、徐々に悔しさがこみあげてきているところです。私は、去年もファイナルに出られなかったんですけど、その時はテレビで見ていて『私も出たかったなあ』と、悔しい思いを味わったんです。だから、今年のファイナルも、たぶんテレビで見ると思うんですが、その時に、本当に悔しい思いを味わうと思うんです。それから去年は、その後の日本選手権に出た時に、『ああ、出られて本当に良かった』と、心から思ったんです。そうして、気づいたんです。『ああ、私は、こんなにも試合が好きなんだ』って。それは、もしかしたら生まれて初めての体験だったかも知れない――これまで、そんなふうに思ったことはなかったんです。だから今年も、日本選手権に出られた時に、『出られて良かった』と、思うと思います」

< b>全日本フィギュアスケート選手権での真央さんは
 それから、真央さんはこんなふうにつけ加えた。

  「私は、試合も好きなのだけれど、練習も好きなんです。練習でしっかりやらないと、試合でも自信を持ってやれないから。私は今、本当に充実して練習しています。だから、今年を捨てるとか、そういうつもりは本当にないんです。やる気も全然失ってないし、一日も無駄にしていないという自信があります。ただ、試合でだけできていないんです。試合でだけ跳べていない。だから(胸を押さえて)ここら辺に、ウーンと詰まってる感じがあるんです」

  真央さんは、とても自然な表情で、いっそ明るい口調で、そう話してくれた。そこには、成績が出ないことへのもどかしさや、周りの人々、応援してくれる人々への申し訳ない気持ちもあるのだろうが、一方で、練習をしっかりやれていることの自信から、現状を自然と前向きにとらえているようでもあった。
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 もうグランプリファイナルは終わったが、真央さんは、それをどこでかは分からないが、きっと観戦したことだろう。そこで、「私が出ていたらどうだっただろう」と想像し、悔しい思いを味わったに違いない。

 そうして、その悔しさを胸に秘め、全日本選手権に臨むことになるだろう。そこでの結果がどうなるかは分からないが、確かなのは、彼女がその大会に出ることを、大いなる喜びととらえていることだ。

 全日本フィギュアスケート選手権では、そんな、試合に出ることに喜びを感じている真央さんを見ることになるだろう。それが、ぼくには今から楽しみである。



浅田選手は本当にドラゴンボールの孫悟空のような人なんだなぁと思いました。
修業も好きだし、誰かと戦うのも好き。
そんな浅田選手だからこそ、こんなにもたくさんの方を魅了することができるのではないでしょうか。

今週は仕事が立て込んでいて、24日はテレビ放送までに帰宅できなさそうです(涙)
ですが、浅田選手にとって今季一番の勝負。
この目でしっかり見届けたいと思います。
by chi-chan0322 | 2010-12-21 12:46 | フィギュアスケート
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