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マロマユな日々~チワワとの妄想生活~
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京都新聞 高橋大輔 苦しみ越え決意 高橋の道はソチに
ツイッター情報によると、今日、高橋大輔選手が退院したそうです。
おめでとうございます。そしてお疲れ様です。
最近すっかりネタ探しの場がツイッターになっています、ツイッター様様です(笑)

さて、今回は京都新聞に掲載された高橋選手のインタビュー記事を紹介したいと思います。
画像のUP主様に感謝します。
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◆苦しみ越え決意 高橋の道はソチに

「引退していたらきれいな引き際だったかも、という気持ちを引きずった1年だった」
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―五輪翌年のシーズンが終わった。
「ずっと後ろ向きの1年だった。昨年の五輪や(優勝した)世界選手権で引退していたらきれいな引き際だったかもしれない、
という気持ちを引きずっていた。苦しい1年だった。今回の世界選手権で惨敗(5位)し、現実を受け止められてすっきりした。
今季は、ソチまでの3年間を頑張り続ける決心をするための1年だったと思う。
来季以降は絶対に順調ではない。でも、ボルトを抜くと動きの感覚も変わると聞いたし、楽しみな部分もある。
長い人生には苦しい経験も役立つだろう」

京の病院で治療、リハビリ スケートの質向上に手応え
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―ひざのけがは五輪の約1年4カ月前だった。今、奇跡と言われた復帰を振り返ると。
「けがの直後はそれほど深刻だとは分からなかった。フィギュアではほどんどないけがだと聞いて頭が真っ白になった。
それが、原邦夫先生(社会保険京都病院)が最初の診察で『治るよ。リハビリ次第では前よりも良くなる』
とさらっと一言。あの言葉で救われた。」
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「ただ、リハビリはきつかった。朝から晩まで自転車を漕いだり、チューブを引っ張ったり。どのメニューもとにかく回数が多い。
地味なことを淡々と続けることは一番苦手だったので、本当に嫌だった。
通院のための初めての一人暮らしも大変だった。約3カ月鴨川近くのマンションから病院に自転車で通った。朝、起きられないし、食事はほぼ外食。朝食を抜くことも多かった。当たり前のことができず、精神状態は異常だった。
ふがいなくて、逃げ出したこともあった」
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―けがで得たものは。
「体のことを良く考えるようになったし、細かいことが気になるようにもなった。リハビリで股関節や足首の稼働息が広がり、
動きすぎることもある。ボルトを抜くと動きの感覚がまた変化するかもしれない。

以前よりは体をコントロールできるようになっている。今季はスケートの質が向上した手応えもある。
スケート選手として、まだ変われると実感できたことは大きい


―29日に京都市で開かれる医療セミナーに参加し、経験を語る。
「リハビリ中は復帰に向けて努力する他競技の選手が大勢いて、黙々とメニューをこなしていた。
つらいとはとても言えない雰囲気。そんな環境に助けられた。
医療のプロの存在のおかげで安心して治療に取り組めたし、仲間の存在にも恵まれたと心から思う。
セミナーは初体験なので、自分の経験を率直に伝えたい。東日本大震災はあまりにも深刻で、
被災した方々にかける言葉はなかなか見つからない。でも、神戸や名古屋のチャリティー演技会に参加してきた。
苦しみの大きさは比較にならないだろうけど、セミナーではけがで悩んでいる選手の参考になればうれしい」

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◆フィギュア高橋招きセミナー「けがからの復帰考える」

 スポーツ医療に携わる医師らでつくるスポーツ傷害基礎研究会は29日、
「けがからの復帰を考える~逆境を乗り越える力~」と題したセミナーを京都リサーチパーク(京都市下京区)で開催する。
バンクーバー五輪男子フィギュアスケート銅メダルの高橋大輔選手(関大大学院)を招き意見を交換する。
 高橋選手は五輪前に右ひざ前十字靱帯(じんたい)を断裂し、手術と約半年間のリハビリを京都で受けた。
 執刀医の社会保険京都病院スポーツ整形センターの原邦夫医師が講演するほか、リハビリを担当した
京都地域医療学際研究所付属病院理学療法士の吉田昌平氏も高橋選手の事例などを報告する。
 パネルディスカッションには高橋選手も参加し、治療期間が長い間のモチベーション維持の難しさについても語る。
 セミナーは29日午後2時から3時間。参加費は大学生以上が1000円、高校生以下は500円。当日受け付けで、
事前申し込みの必要はない。集まった参加費全額を東日本大震災の義援金として被災地に送る予定。
問い合わせは、社会保険京都病院スポーツ整形センターへ電子メール(frsikyoto@gmail.com)でのみ受け付ける。
【 2011年05月13日 09時15分 】



今の高橋選手があるのは、怪我を乗り越え、それでもなおスケートがしたいという気持ちがあったからなのでしょうね。
今季は確かに、いまひとつ抜けきれないと言うか、出しきれていない感じがしたのは
引退という言葉が頭にどうしても浮かんでしまっていたせいだったのかもしれません。
でも彼は、それを受け入れ、今はソチへ向けて頑張ろうと決心しました。

ソチまでの3年、ジュニアからどんどん有望な選手がシニアに上がってきますし、
高橋選手の言うとおり、来期以降も決して順調とは行かないかもしれません。
でも、高橋選手には他の選手には真似できないスケートがあります。

私は高橋選手のファン歴は2年と短いですが、これからもずっと応援していきたいと思います。


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by chi-chan0322 | 2011-05-26 13:01 | フィギュアスケート
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