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マロマユな日々~チワワとの妄想生活~
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スポーツナビコラム プルシェンコ劇場の第3幕が開演 すべての逆境を吹き飛ばした絶対王者
昨日は欧州選手権ではりきり過ぎたツケが回ってきてしまい、会社を休んで丸一日寝ていました(汗)
ですが、昨日頑張って今日休めば3連休になったなぁと後悔したのでした(笑)

さて、今日はまたまた遅ればせながら、スポーツナビのコラムについて書きたいと思います。
1/31(火)に掲載された記事ですが、素敵な内容だったのでご紹介します。

ニュース記事
スポーツナビコラム プルシェンコ劇場の第3幕が開演 すべての逆境を吹き飛ばした絶対王者
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※写真は一部、個人的に入れさせていただきました。

プルシェンコ劇場の第3幕が開演
すべての逆境を吹き飛ばした絶対王者

2012年1月31日(火)

「まるで本物のプルシェンコみたいだ!」

 フリーの演技直後、エフゲニー・プルシェンコ(ロシア)は、自身の演技を振り返ってこう口にした。2010年のバンクーバー五輪以来、約2年ぶりとなる公式戦。必ずしも好意的な期待ばかりではない、周囲の微妙な空気を本人が一番感じていた。だからこそ、素直に喜ぶよりも、自身を揶揄(やゆ)するようなセリフが思わず口に出たのだ。
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 バンクーバー五輪では銀メダルになり、絶対王者の時代は終わったという見方もあった。さらに左ひざと背中のけがは悪化し、29歳のいま、肉体的な限界とも言われた。しかしそのすべての逆境は、プルシェンコの前では何の意味もなさなかった。ジャッジにも観客にも誰にも文句を言わせない圧巻の演技、そして自己最高点での優勝。

「僕がまだ終わっていないってことを証明したかった。そして一番の夢であるソチ五輪を目指すんだ」とプルシェンコ。3度目の“現役時代”は、華々しくまた猛々しいスタートを切った。


■五輪銀メダルとアマチュア資格剥奪 苦杯をなめた2年間

 五輪連覇を狙っていた2010年のバンクーバー五輪は、彼にとって苦い思い出だ。4回転を跳ばなかったエバン・ライサチェク(アメリカ)が優勝し、4回転を跳んだ彼は銀メダル。ライサチェクとの大きな点差は、スピンやステップなど各エレメンツの出来栄え(GOE)と、「技のつなぎの要素」への評価だった。いわば「滑って跳んでの繰り返しの演技」とみなしたジャッジがいたのだ。
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 メダリスト会見では「採点方法を変えるべきだ。五輪王者が4回転をやらないなんて。今の男子はダンスになってしまった」と、採点方法を批判。しかし採点を批判することは、ジャッジの人間そのものを批判することでもある。決して紳士的な言動とは受け止められなかった。そしてバンクーバー五輪直後には、自身4度目となるソチ五輪を目指すと宣言したのだ。五輪の金メダルにこだわり過ぎる、コレクターのような印象すら与えた。

 彼を取り巻く環境はさらに悪化した。バンクーバー五輪後の3~4月に、アマチュアでありながら許可なくアイスショーに出たとして、国際スケート連盟(ISU)が試合出場資格を剥奪したのだ。ソチ五輪への道は、スタートからつまづいた。その後、アマチュア資格の回復をISUに要請。2011年6月に資格回復が決定されるまで1年間、不安な時間を過ごした。


■バンクーバー五輪とは違う、ソチ五輪への入念な青写真

 一度は奪われかけたソチ五輪出場の夢。それが可能となるとプルシェンコは、バンクーバー五輪とは違い、入念な青写真を描き始めた。まず、かねてから負傷を抱えていた左ひざと背中の手術を受けた。そして、前回のように五輪シーズンに突然復帰するのではなく、段階を踏んで準備していこうと考えたのだ。彼が話した青写真は、このようなものだった。

(1)今シーズンに国際大会に1つ出て力を証明する、(2)膝の再手術をして健康面の不安をなくす、(3)来シーズンはグランプリシリーズからすべての大会に出て信用を得る、(4)2014年ソチ五輪に出て表彰台の真ん中に立ってみんなに手を振る。

「バンクーバー五輪に出たときは、周りの人々がみな『できる訳がない、3年間休んでカムバックするのは不可能だ』と言って僕を信じてくれなかった。でも僕は終わっていない。ソチ五輪では31歳になるけれどまだアスリートとして闘えるということを証明したいんだ」

 そして2012年1月23日、イギリス・シェフィールドの地で、復活への第一歩となる欧州選手権を迎えた。


■けが悪化でショートは4回転回避「過去へ旅するようなものだが、棄権はしない」

 彼にとって2年ぶりの国際大会。ISUの成績規定を満たしておらず、特別に出場許可を得て、予選からの出場となった。大会に向けての練習中に左ひざの半月版損傷が悪化したため、「トウを突くだけで痛い」という状態での試合。しかし予選は4回転トゥループを決めて首位通過し、「けがのことを考えないようにした。この状態でこれくらいできるなら、再手術したらもっとすごい演技ができる」と手ごたえをつかんだ。

 ところがショートプログラム前日の練習中、4回転トゥループを跳んだときに膝に激痛が走り、曲げ伸ばしする事すら困難になってしまった。自身が一番こだわりを持ち、4回転を跳ばない選手を『男子ではなくダンス』とまで言った彼が、切り札を失ったのだ。もしプライドに固執するなら棄権もあり得たが、冷静な判断を下した。「4回転を跳ばない試合なんて、過去へ旅するようなもの。でも全力の演技はできないが、棄権はしない。棄権は、もうベッドから起き上がれなくなった時だけだ」と。それはプルシェンコとしては大きな前進だった。
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 迎えたショートプログラム。ジャンプは「3回転ルッツ+3回転トゥループ、トリプルアクセル、3回転ループ」の構成。ところが4回転を捨てたプルシェンコは、今までとは違う新しい魅力を見せた。何といってもスピードがあり、演技全体に隙がなく、止まったまま上半身で演技するような場面はほとんどない。ショートプログラム上位6人のうち、プルシェンコ以外全員が4回転に挑んだのに対して、彼はエレメンツの出来栄え(GOE)と演技全体の魅力を高く評価された。

 結果は、同じ門下生のアルトゥール・ガチンスキーと0.09点の僅差で、2位発進。アレクセイ・ミーシンコーチは、ショートプログラム後、勝ち誇ったように言った。「怪我で4回転は跳べなかった。しかし今日の演技でもう、プルシェンコがいかに素晴らしく、そして危険な男であるかは分かっただろう」。


■新境地の2本のステップ、演技と出来栄えで見せる新しい戦い方

 そして1月28日、男子フリー。会場の「モーターポイントアリーナ」を埋め尽くした観客達は、“危険”を更に味わうことになる。まずは冒頭で高さのある完璧な4回転トゥループ、続いて宙に浮いているかのような雄大なトリプルアクセルを2本。負傷を抱えているとは思えない、4回転王の復活だった。

 さらに見所は、「ロクサーヌのタンゴ」の妖艶な雰囲気に合わせた、2本のステップだった。中盤のステップは、ゆっくりと、いや、ねっとりとジャッジを誘惑するような動き。深いエッジワークを駆使してスピード感を見せるパトリック・チャン(カナダ)や小塚崇彦(トヨタ自動車)とは違うタイプの、あえてスピードを落として“溜め”で音楽性を見せるステップだ。そして曲調が激しくなる後半のステップでは、曲調に合わせて感情を爆発。激しく顔や手を振って情熱を表現する上半身のパワーが、足を通って氷に伝わっていった。2本のステップとも、エッジワークの巧みさを見せるためのステップではなく、音楽を表現するために踊った結果がステップになっている。新境地ともいえるステップだった。
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 あっという間の4分半。「どうだ」と言わんばかりの強気の表情で、人差し指を突きたて「1位」を確信するプルシェンコを、観客全員がスタンディングオベーションで讃(たた)えた。バンクーバー五輪の時は立った人はまばらだったが、この夜は座って拍手する事がおこがましいほどの、異様な空気が会場を満たしていた。

 ジャッジの評価が、さらに物語る。「4回転トゥループ」「トリプルアクセル+3回転トゥループ」「3回転ループ」と2つのステップは、最高評価の「+3」を付けたジャッジが何人もいた。「演技力」と「音楽解釈」は、国際大会では異例ともいえる9点台の応酬となった。フリー176.52、総合261.23でどちらも自己最高得点。7度目の欧州王者に輝いた。

「実は予選ではとても疲れてしまって、後半で良い演技が出来なかった。だからフリーの前はしっかりマッサージを受けて、いいウォームアップをして、それでエモーショナルな演技をできたんだ」とプルシェンコ。4回転ジャンプ以外の要素で見せ、出来栄えと演技構成点で他を引き離す演技。それはバンクーバー五輪で、彼ができなかった闘い方だった。


■「試合の空気が好きなんだ。アドレナリンが沸いてくる、あの感覚」

「今日みんなにありがとうを言いたい。応援してくれた観客と仲間、そして評価してくれたジャッジに! 本当だよ。僕はね、試合の空気が好きなんだ。アドレナリンが沸いてきて、勝つか負けるか分からない気持ちで集中する。その感覚が好きなんだ」。
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 優勝後、少年のようなあどけない笑顔で喜びを語るプルシェンコ。それは、五輪の金メダルという名誉に固執するのではない、純粋にフィギュアスケートを愛する一人のアスリートの姿にすら見えた。2月にはドイツで左ひざの手術を受け、来シーズンはフル出場するという。余りに出来過ぎた復活劇にあぜんとするメディア陣を前に、こう付け加えた。
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「ソチ五輪が終わったら、自分に『もう十分だろ』って言い聞かせるよ」。

<了>



今回の欧州選手権でのプルシェンコ選手の演技を見て、「しっかり今の採点傾向に合わせてきた」と感じました。
要素をより美しく安定したものに仕上げ、かつ持ち前の魅せる力を存分に発揮した演技でした。
バンクーバー五輪前の復帰とはまた違い、今の採点傾向でも勝てるんだという強い意志を感じました。

私は欧州選手権での記事にも書いたとおり、プルシェンコ選手は「ステップの人」という印象が強く、
バンクーバー五輪時に「ジャンプの人」と言われていたのが何かズレているように感じていました。
トリノ五輪のプルシェンコ選手のFSです。この時のステップは今でもよく覚えています。

Evgeni Plushenko LP Olympic Games 2006[The Godfather]
http://www.youtube.com/watch?v=21woRiBqrks


4回転論争については難しい面もあります。
守りに徹した完璧な演技と、挑戦した上でミスのなかった(が、完成されていたとは言えない)演技の
どちらが優れているのか?素晴らしいと言えるのか?
これを決めることは非常に難しいことだと思います。

理想は自分の可能な限り最大限の挑戦をした上での完璧な演技だと思います。
そのような演技を大舞台で実現することを選手は目指しているはずです。

Evgeni Plushenko 2010 Olympics FS
http://www.youtube.com/watch?v=xtY1CuAbLgs


バンクーバー五輪当時、ライサチェク選手は怪我を抱えていたはずし、彼のでき得る最大限の演技をしたのだと思います。
また、プルシェンコ選手は「難しいジャンプさえ決まればいい」といった単純な問題を指摘したわけではないでしょう。
SPで高難度のジャンプを跳んでミスもなかったのに、なぜ2位以下の4回転ジャンプを入れなかった選手と僅差なのか。
彼が主張したのはこの点についてですが、そこでGOEやPCSが関わってくるわけです。
プルシェンコ選手のバンクーバー五輪での演技は、ステップやスピンでレベルを落としていたわけではないですが、
当時の彼の演技が完成されていたとは私には思えません。非常に難しい問題です。

元々、4回転論争は、当時の女子シングルの「完成度重視」の風潮に起因したものだと私は思っています。
評価対象が「高難度でミスのない演技」からいつしか「ミスのない演技」になっていたと言っても過言ではないでしょう。
結局この風潮も、バンクーバー五輪後の世界選手権で「なかったこと」にされてしまうわけですが…

あの時の採点問題を忘れることはできませんが、今季の風潮はまた違うように思います。
特に男子は、4回転時代の再来で、トップ選手で4回転ジャンプを入れていない選手はほとんどいません。
しかしながら、SS至上主義という新たな問題も生まれてきているように思います。
極端な話、「ミスがあってもSSが良ければOK」といった傾向があります。
個人的には転倒の扱いが軽いと感じられるので、もっとPCSにミスを反映させるべきと思います。

何だかまとまらなくなってきましたが(汗)
今回のプルシェンコ選手の衝撃的な復帰の知らせは、
ベテラン選手にとっては希望に、若手選手にとっては情熱の元になることでしょう。

2月に手術ということはやはり今季は欧州選手権が最後の試合だったんですね。
しっかり怪我を直して、またリンクに帰ってきて下さい!
来季のフル出場を楽しみにしています!!


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by chi-chan0322 | 2012-02-03 11:51 | フィギュアスケート
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