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マロマユな日々~チワワとの妄想生活~
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大阪日日新聞 振付師・宮本賢二さんの記事&チュッキョ・フィギュア 若松詩子さんの特集
今回は日本の2人の振付師に注目した連載記事と動画をご紹介します。
宮本賢二さんの大阪日日新聞の記事と、若松詩子さんのチュッキョ・フィギュアの特集です。
この2人はアイスダンスやペアの解説でもおなじみですよね。

ニュース記事
大阪日日新聞 フィギュアスケート企画 作品数先シーズン50以上
大阪日日新聞 フィギュアスケート企画 一緒に滑り魅力引き出す
大阪日日新聞 フィギュアスケート企画 ともに考え悩みながら
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作品数先シーズン50以上
2012年6月12日
b0122046_11464646.jpg フィギュアスケートは現在、シーズンオフ。しかし今の時期だからこそ、引く手あまたの人物がいる。振付師の宮本賢二がその人。彼のプログラムはどのようにして作られ、どのようにして選手に覚え込ませるのか。そして、どんな思いが込められているのか。今回は振付師という職業に注目し、3回に分けて連載する。(ライター 黒尾順子)

 5月22日。岡山市の国際スケートリンクで田中刑事は新しいショートプログラム(SP)「AFRO FREAK」の振り付けのためリンクに立った。ポータブルのCDデッキをさっそうと持ち、田中のそばに立つのが宮本賢二、33歳。日本を代表する振付師である。

 フィギュアスケートの振付師(Choreographer)とは、プログラムを構成する主な動きを音楽に合わせて組み立てる人、芝居でいえば脚本家に当たる。

 シーズンオフのこの時期、フィギュアスケーターは新シーズンに向けて新たなプログラムを用意する。ショート、フリー、エキシビションと三つのプログラムを全て用意する選手も少なくないこと、その準備期間が重なることから、必然的に宮本は日本各地を駆け回り、少しのいとまもない。「作品の数は先シーズンで50以上、一つのプログラムは基本3日で作ります」。これだけ聞いてもその多忙ぶりに驚かされる。

 宮本の名前を一躍有名にしたのは、バンクーバーオリンピックで高橋大輔が銅メダルを獲得したときのSP「eye」を振り付けたこと。「すごく感激したけれど、自分の意識の変化や依頼の数が特に増えたということもない。取材が少し多くなったくらいかな」とひけらかすところもない。

 フィギュアスケートを始めたのは10歳のとき。「当時、サッカー、野球、スケートをやっていたが、スケートが一番褒められたので続けました。アイスダンスに転向したきっかけは樋口豊先生に勧められたから。スケーターのなかでは背が高い方だったので、アイスダンスに向いていた」

 当初はシングルも並行して滑っていたが、1995年からアイスダンスに専念。「選手時代の思い出は95年に全日本ジュニアで優勝したこと。樋口先生が感動して泣いてくださったのが印象に残っている。それとやっぱり、長野の世界選手権かな」。数々の栄冠を手にして、競技生活を退いたのが2006年だった。

 それから振付師を目指した。「高校のときにアメリカ、その後フランスに居て、周囲に『振付師』が多い環境だった。その働く姿を見ているうちにやってみたいと心をかきたてられた。振り付けを得意としていた樋口先生の影響もある」と当時を振り返る。「プロスケーターやほかの道はいっさい考えませんでした」

 才能に導かれ、己の信じる道をまっすぐに進んだ。それからの宮本はその多くの作品でフィギュアスケート界に欠くことのできない大役を担うことになる。


一緒に滑り魅力引き出す
2012年6月13日
b0122046_11485485.jpg 宮本賢二が手元のポータブルデッキのスイッチを入れると、田中刑事は踊り出した。付かず離れず、追いかける宮本。次に音楽を止めて手本を見せた。頭の中に浮かんだものを形にするため、音楽に合わせて動き、滑り、まわって止まる。宮本の動きを受けて、田中はそのまねをする。時折、宮本が田中の動きを止め、振り付けに変化を加えながら、その作業は繰り返し何度も行われた。

 「自分と田中選手では体型や個性が違うので、彼の動きを見ながら変えていかないといけない。これは田中選手のプログラムだから」。こういう細やかな配慮が選手の良いところを引き出すといわれるゆえんだろう。「選手の顔つき、手足の長さや筋肉の質を見て判断する。それによって曲線の綺麗なもの、がっちりと角張ったプログラムと変わってくる」。選手の個性と振り付けが合っているからこそ、見ている者は引きつけられる。宮本の振り付けの原点はそこにあった。

 一連の流れが定まると、宮本は田中と並走するように滑って見せる。「リズムが取りにくい部分なので、一緒に滑ってタイミングをつかんでもらっています」と、アイスダンサーとしてのテクニックを惜しみなく注ぎ込み、田中にリズムを覚え込ませる。

 宮本のプログラム作りは、スケーターと一緒に作りこんでいくものだった。「選手にも、前もってこういうふうに滑ってほしいという先入観は与えないで振り付けています」。スケーターの魅力を引き出す洞察力、独創的なものを生み出す感性、イメージを形にする即効力、これらは芸術家に近いのだろうか。

 氷から下りると、宮本の表情が和らいだ。「選手が一生懸命、練習してくれるのが本当にうれしい」と言葉も踊る。教え子の演技を見るために、都合の許す限り会場に足を運ぶ。「選手は演技が終われば緊張から解放されますが、自分はずっと緊張しっぱなし」と苦笑しつつ、「どの作品も十分手を掛けて作ったという自負があるし、選手も一生懸命練習して覚えてくれた。それで試合で結果が出たら『ああ、良かったね』って思うし、失敗したときもしっかりと見守りたい」。選手たちの師であるとともに、兄貴的な存在でもある。


ともに考え悩みながら
2012年6月14日
b0122046_11514790.jpg プログラム作りにおいて、音楽は最も大切な要素である。どんなジャンルで滑るか、選曲一つで印象が変わるうえに、限られた時間内で演出効果を上げる編集も必要になってくる。「選曲については選手側の自主性を大事にしています。僕はこれでやりたい、わたしはこれでやりたいと提示された曲、またはコーチの『次はこういうふうにしたい』という意見を尊重する。自分が何かを提案するのは、それがあまりに選手に向いていないときだけ」

 驚くことに、振り付けは現場で氷に乗ってから一から行われるという。「前もってイメージづくりもしません。選手とともに氷に乗ってから、部分、部分の振りを決めていって、最後に形が出来上がる感じ」。ジグソーパズルのピースの一つ一つに絵を描き入れるような作業だ。

 「一番、難しいのはアイデアをひねり出すこと。毎回、それが本当に大変」と言う。一つの絵を描こうと、考え、苦しみ、悩みながら丁寧に作りこむ。選手にしても思いは同じだ。「今シーズンのショートプログラムは今までと違って軽快に踊る曲。体がついていかなくて覚えるのが大変です。ドリーム・オン・アイスでは良い演技を見せたい」と田中刑事は意気込む。

 「田中選手のベースの力を1とするなら、1・5くらいの難しめのものに仕上げています。頑張って習得すればより大きな力になり、それは2にも3にもなるから」。振付師と選手の志は一つ。すべては良いプログラムを作るために力を尽くす。

 「日本で活躍するすべてのスケーターに伝えたいのは、けがと体調だけは気をつけて、今はとにかく一生懸命頑張ってほしいということ」。それぞれが自分の演技の向上を追求し、全うしてほしいと話す。「自分も新しいルール変更やプログラムの進化に対応しながら日々前に進み、振り付けというかたちで精いっぱい応援しますから」。夢は選手のさらなる活躍だという宮本賢二の視線は、厳しくて温かい。



チュッキョ・フィギュア 「振付師の舞台裏」若松詩子 Utako WAKAMATU
http://www.youtube.com/watch?v=L7tfD7kmTQg



お二人はタイプは違う振付師ではありますが、
宮本さんも若松さんも自分の振付は選手への応援なんだなぁと感じました。

それにしても振付師というお仕事は本当に大変だなと思います。
選手が「神演技」をするためには、振付も重要なポイントになってくるわけで、
毎年新しい、かつシーズン通して飽きのこないプログラムを作るというのはとても難しいことですよね。

今後も宮本さん、若松さんの素敵なプログラムが生まれることを楽しみにしてます!


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by chi-chan0322 | 2012-06-14 12:29 | フィギュアスケート
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