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マロマユな日々~チワワとの妄想生活~
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【素人ファンのぼやき】「よく分かるジャッジの謎」 期待値という評価の仕方への疑問
昨日の記事ですが、とても興味深い内容だったのでご紹介したいと思います。
SPORTS COMMUNICATIONSというサイトの「この人と飲みたい」という企画で、
荒川静香さんが現行ジャッジについて語っているのですが、久々にぼやいてしまいたくなりました~
しつこいようですが(笑)、あくまで「ぼやき」ですので、あまり深刻に捉えないようお願い致します(汗)(汗)

<コラム記事>
SPORTS COMMUNICATIONS 荒川静香(プロフィギュアスケーター)<後編>「よく分かるジャッジの謎」

※注意※
また、気持ちの良い内容にはならないと思うので、素直な気持ちでフィギュアを見たい!という方は
この【素人ファンのぼやき】を読まないことをおススメします。
(せっかくこのブログを見て下さっているのに大変失礼かと思いますが(汗)すみません。)
参考までに、こちらの記事の「私の立ち位置」についてご一読下さい。



該当の部分だけ抜粋します。

-中略-

日本人ジャッジは厳しい?

二宮: フィギュアスケートの大会を見ていて感心するのが、演技後の「キス&クライ」です。どんなに失敗しても採点を見ずに帰ったり、悔しさを露わにしない。そこも含めて演技だという自覚があるのでしょうか?
荒川: まず、いくら演技に納得がいかないからといって、キス&クライに座らないと罰金をとられる決まりになっています。しかも目の前にモニターがあって、自分がどう映っているかが常に出ている。だから髪が乱れていないかとか、選手たちは画面を見ながらセルフチェックをしているんです。ただ、演技が良ければ選手は笑っていますし、悪いとあまり笑顔を見せない。演技中と比べると、素直な感情が顔に表れていると感じます。

二宮: 他のスポーツだとジャッジに納得がいかないと直接抗議に行く選手もいますが、フィギュアスケートでは、そういったシーンもほとんど見かけないですね。
荒川: いくら抗議しても、点数は絶対に覆りませんからね。自己評価と他人の評価は必ずしもリンクしない。その点は選手たちも割り切りができているのだと思います。良くても悪くても、ひとつの演技をやり遂げたという一定の満足感があるのではないでしょうか。

二宮: 先程、ファンにお国柄が出るという話がありましたが、ジャッジも国によって特徴はありますか?
荒川: もちろんです。ヨーロッパのジャッジは、やはり自分たちの国や地域の選手に対する評価が甘い面があるのかなと思います。一方、日本人のジャッジは逆の傾向が強い。日本の選手には厳しめの採点をすることが多いですね。「自分たちの国の選手をひいきしている」と思われたくないとの気持ちが無意識のうちに働くのかもしれません。

二宮: ではフィギュアスケートの世界では、日本のホームアドバンテージはないに等しいと?
荒川: もちろん自国開催だと、会場全体を味方につけられますから有利です。ただ、日本人のジャッジがいるからといって得になるとは限らない……。基本的に日本人のジャッジは無難な採点が多いですね。自己主張が苦手なお国柄なので、後でレビューした時に周囲から突っ込まれることを恐れるのかもしれません。これが外国人のジャッジだと、「大胆な点数だな」とこちらが感じるような演技でも、「ここがすごかったから高い点数をつけたんだ」と自信満々に主張してきます。

二宮: 採点競技は主観が入るから本当に難しい。現在は技術点、構成点といった具合に細かく分割して点数をつけるシステムになっていますが、かえって一般のファンには分かりにくくなっていますね。
荒川: 細かく点数は出ているように見えますが、かえって「なぜ、これが8点で、これが7点なのか」という説明がしにくくなっていると思います。曖昧かもしれないですが、昔のように6点満点でジャッジする方式のほうが良かったのかもしれません。

世界最高得点=最高の演技?

二宮: 基準が明確化されているなら、ジャッジによって点数は違わないはずですからね。どうして同じ基準で点数が異なるのか、かえって疑問がわきます。
荒川: 芸術に対して点数をつけること自体、そもそも大変な作業です。ところが、点数を細かく計算するようになったために、最近は「世界最高得点が出ました」という記録に注目が集まるようになっています。そうすると、「世界最高得点=最高の演技」という、少しフィギュアスケートの本質とは異なる見方が生まれてしまう。本人の感覚では決して「最高の演技」ではなくても、世界最高得点が出ると周囲は「最高の演技」だったと思いこんでしまうんです。でも、後になってみると、人々の記憶に残っているのは演技そのものよりも、得点になってしまいます。これは選手にとっては不幸なことではないかと思うのです。

二宮: 確かにその通りですね。
荒川: たとえば、ある選手がショートプログラムで同じように滑ったのに、ある試合では70点で、別の試合では75点になることがあります。では、この5点の差はどこにあるのか? これを明確に説明するのは難しいでしょう。あえて説明するとすれば、それは期待値の差です。高得点を期待される選手が、その通りの演技をすれば高い評価が下されます。

二宮: つまり、最初から全選手がフラットの状態で採点されるわけではないと? 上位を期待される選手のほうが高得点を出しやすい構造になっているというわけですね。
荒川: たとえば韓国のキム・ヨナ選手がバンクーバー五輪のシーズンにどんどん得点を上げたことに対して、「点数を高くつけすぎだ」と批判する意見がありました。でも、彼女はジャッジが「このくらいやってくれるだろう」という期待に対し、素晴らしい演技で応え続けた。その積み重ねで得点が伸びていった側面があります。でも、多くの方々は目の前の演技だけで評価されると思っていますから、「こんなに点数が高いのはなぜ?」という疑問がわいてきてしまうのです。

二宮: なるほど。だから上位選手は少々ミスをしても、著しく低い点数にはならないわけですね。
荒川: キム・ヨナ選手やエバン・ライサチェク選手のバンクーバー五輪での金メダルは“積み重ねの勝利”と言ってもいいでしょう。五輪だけの演技で高得点をたたき出したのではありません。シーズンを通じて安定した演技が、ショートプログラムでの世界最高得点につながったのだと思います。いい演技を続けていると、ジャッジが「この選手はこのくらいできる」という安心感を抱くんですね。すると、同じ演技をしても得点が少しずつ上がっていく。逆に、ちょっと調子が悪くても良かった時の印象が強いから、それに救われて点数が高めに出る傾向があります。

二宮: 一方、銀メダルだった浅田真央選手は五輪前、グランプリファイナル進出を逃すなど不調でした。それがジャッジの印象に少なからず影響を与えたとの考えですか?
荒川: 真央ちゃんもバンクーバーのショートプログラムではミスがなかったのに、点数では5点近くの差が出ました。その原因を探るとシーズンのスタートで、やや評価を落としていたことがあげられます。2008年に世界選手権で優勝した後、なかなか思うような演技ができなくてジャッジへの印象が変わってきていました。五輪前はいい演技を続けていたにもかかわらず、評価は急には上がらない。それが得点差につながってしまったのかなと感じました。

二宮: つまり、戦いは五輪本番の前から始まっているわけですね。こうしたジャッジの傾向は選手たちも理解しているのですか?
荒川: 充分、分かっています。だから、世界選手権などの大きな大会だけでポーンと、いい演技をすればいいのではなく、他の試合でいい演技を継続して見せておく必要がある。私の場合もトリノ五輪の前のシーズンは決して良くなかったので、最初はジャッジの点数がなかなか出なかった。だからシーズンの前半はグランプリファイナルにも出られず、苦しみました。それが五輪前の2試合くらいから、まずまずの状態でも得点が出ていたので、評価が戻ってきたなとの感覚を抱いていました。

採点で優劣を競いたくない

二宮: このことを踏まえておくと、フィギュアスケートの採点に対する見方が変わってきますね。継続性が大事だと分かれば、同じような演技で点差がつく理由が納得できる。
荒川: だから次のシーズンに関していえば、髙橋選手は最後の国別対抗戦でいい演技をしていたので、得点のベースは高い状態でスタートできると思います。休養から復帰する安藤美姫選手も世界選手権を制した状態で競技を離れましたから評価は悪くないのではと思います。

二宮: いやぁ、勉強になりました。荒川さんには一度、『フィギュアスケート、ジャッジの謎』というタイトルで本を出してほしいくらいです(笑)。
荒川: テレビの解説などでは短い時間でここまで説明しきれないのが実情です。ファンから常に「ジャッジが不正だ」という批判が出るのは、フィギュアスケートにとっても良くないこと。すべてジャッジに問題があるとは限らない点を知っていただければうれしいです。

二宮: 今までの話を聞いていると、荒川さんは「アスリート」というよりも、「アーティスト」と表現したほうがいいのかもしれません。「誰かに勝ちたい」という気持ちよりも、「自分の表現を極めたい」という思いで競技を続けてきたように感じます。
荒川: きっと、そうでしょうね。アマチュア時代から、ずっと得点で優劣がつくことに違和感がありましたから。2人の選手がどんなに素晴らしい演技をしても、1位と2位に分かれる以上、「片方は良くて、片方は悪い」という評価になってしまう。数あるスポーツのなかでフィギュアスケートを選んだのも、人それぞれのカラーが出せて水泳や陸上のように明確な勝敗がつかないところに魅力を感じたからだと思います。

-以下省略-



自分の意見を書く前に前置きしておきたいのですが、
今回紹介している記事の荒川さんのコメントはずいぶん断定的に書かれていますが(汗)
おそらくこれはあくまで荒川さんが「ジャッジにそういう傾向がある」程度の内容だと思います。
(ただ、スケート関係者である荒川さんがそう感じるということは…ということだとは思います。)

それを踏まえて、私の考えを少しだけ。
なぜ少しだけなのかというと、これまでも散々この手の内容は記事に書いてきたので(笑)


荒川さんは以前どこかの取材で同じようなコメントをしていたそうですが、
仰る通り、ジャッジの中に選手に対する前評判というか、定評というものは存在すると思います。
そして、特に上位選手の採点については、その選手自身の定評との相対的評価が
ある程度は点数に含まれていることは何となく感じていました。
国際大会に出る機会などが少なく、定評がない選手に関しては、他選手との相対的な評価をされていることでしょう。
採点競技というのは他の選手より優れているから良い点が出るというものだと思うので。

ただ、私がこの記事に出てくる言葉で不思議に思うのは「期待値」です。
演技前は確かに、「この選手は前はこのくらいはできていたから」という期待に基づく値がある程度はあると思います。
それで実際の演技がその期待以上、以下であった場合に点数が上下するならば、それはごく自然のこととは思います。
でも、最近の採点は明らかに期待以下の演技でもその「期待値」が下がっていることはほとんどないように思うのです。

もちろん、荒川さんの仰る通り、選手やコーチ陣にもこういった認識を持って毎回試合に臨んでいると思います。
でも、それが全てとは思っていないはずです。
その日に実行できた演技が採点の多くを占めるのが普通ではないでしょうか。

荒川さんは特に言及していませんが、このコメントはPCSを指していると私は考えます。
(技術点は一応決まったものなので。「なぜ、これが8点で、これが7点なのか」という表現からも。)
とすると、新採点システムを作る時にPCSというのは、定評や格付けではなく、
その日のスケーティングの出来・ありのままを評価するという定義だったのはやはりただの建前だったということになります。
まぁ、そりゃそうだよねって感じですけれども(汗)

しつこいようですが、私は実績点や定評の存在が良くないと言ってるわけではありません。
だたそれにこだわって、実際の演技をちゃんと見ているのか?と言いたくなることがあるというだけです。
そして、今回の荒川さんのコメントを理解したとしても、別のところで辻褄が合わなくなるのです。

今回のコラム記事はとても興味深く読ませていただきました。
荒川さんがどういった視点で今のフィギュアスケートを見て解説していたのか少しだけわかりました。
ただ、優劣を競いたくない的な発言は、(そういう意図がなかったとしても)現役選手に対して少し失礼かな?とも感じました。
だって競技である以上は必ず優劣がつきますし、本来は「世界最高得点=最高の演技」であるべきです。
だからこそ、運営側にはより明確な採点をお願いしたいのです。

結局長くなりましたが(汗)
とりあえず、「フィギュアスケートの採点は絶対評価」という考えは捨てても良さそうですね。
(私ははじめから思ってなかったですけども(汗))

見る側は推測しかできませんし、選手をただ見守ることしかできませんが、
こんな言い訳のような考察がいらない採点が実現する日がくると良いなぁと思います。


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by chi-chan0322 | 2012-07-27 16:50 | フィギュアスケート
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